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2013年11月の投稿

2013年11月11日 (月)

倉敷9条の会第9回総会&講演会から・・・主権者の基本的人権を国家に守らすのが日本国憲法・・・・・

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  10月26日(土)13:30~16:00、倉敷労働会館2Fで倉敷9条の会の第9回総会と講演会が開催されました。講演会は14時からで、岡山大学名誉教授で政治学者の小畑隆資(たかよし)氏による輝け9条「今、憲法が危ない」-自民党の改憲草案を斬る』と題する講演が行なわれました。その時にはまだ国会審議になっていませんでしたが「秘密保護法」や「国家安全保障会議」(日本版NSC)の創設を企む安倍政権の軍事優先・国家主義的性格を憂慮してうえで、民主主義の根幹の「報道の自由」を著しく阻害する方向の動きである事が国民(人民)の基本的人権を制限することになると解説されました。

 前回に続いて、先生の講演内容から、レジュメを紹介します。

○ 基本的人権ー 「生命、自由及び幸福追求の権利」(13条)

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる。

第13条 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

○ 基本的人権の由来

 ・「人は生まれながら、自由で平等な権利をもつ」(フランス人権宣言)

 ・「われわれは自明の心理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由及び幸福追求が含まれることを信じる。またこれらの権利を確保するために人類のあいだに政府が組織されたこと、そしてその正当な権力は被治者の同意に由来するものであることを信じる。」(アメリカ独立宣言)

 ・「生命自由及び財産、すなわち総括的に私が所有権と呼ぼうとするもの」(ジョン・ロック著『市民政府論』)

○ ジョン・ロックの基本的人権(所有権=property)論

われわれは、すべての人間が天然自然には(naturally)・・・・、完全に自由な状態(a state of perfect freedom)であって、そこでは・・・・、自らの適当と信じるところにしたがって、自分の行動を規律し、その財産と一身とを処遇することができ、他人の許可も、他人の意思に依存することもいらないのである。

 それはまた平等の状態(a state of equality)でもある。そこでは、一切の権力と権限は相互的であり、何人も他人より以上のものはもたない。互いに平等であって、従属や服従があるべきではない、ということは明々白々である。(同前)

小畑先生いわくーこのように日本国憲法の基本的人権の規定はジョン・ロックの所有権論やアメリカ合衆国の独立宣言などが基調になっています。正当な根拠のあるものです。「自由」と「平等」の意味は日本ではよく理解されていません。政治学専攻の学生でも問われて的確な答えをすぐにだせないのです。東京書籍の公文の教科書でも、「自由とは空気のような存在で自由のある日本のような国にあっては感じることはない。」とういうようなことを書いています。自由とはジョン・ロックのいうように自分の行動・財産を自分の自由意志によって決められることであり、決して他人の意思や他人の許可などは必要ないということです。その状態を自由というのです。同時に「平等」とは、「自分の権利と他人の権利が天然自然には平等である。」ということで、生まれながらに資質・能力・財産などが平等であるなどと言ってはいないのです。また「生まれながらに」とか「天然自然に」とかの意味する内容は、人間の集団社会があるが権力が存在しない状態のことをさしているのです。国家などがない状態をさしています。国家はこの基本的人権を拘束する特権をもった存在です。徴税とか徴兵とか死刑とかを行なう特権をもつ存在であるので、日本国憲法では立憲主義に則り、三権分立の民主的政治を規定して、国家権力をしばっているのです。

 また、生まれた時から基本的人権は付与されていますが、成人になるまで基本的人権を行使する事はできません。自分の権利と他人の権利は平等なのですから、自分の都合で他人の権利を侵すことはしてはなりません。子どもは自己と他者の区別がつかないので人権を行使できないのです。(筆者:自己と他者の区別がつかないとされているのが未成年ということです。他者にたいして他者の権利を侵害する凶悪な犯罪を犯しても、正式な裁判に問われずに略式で教育機関におくられるのもそのためです。安倍政権がすすめようとしている秘密保護法や国家安全保障会議などは、運用次第では戦前の治安維持法にも匹敵する事のできる悪法中の悪法になります。主権者国民の知る権利を奪って、政府にとって都合の悪いことはすべて特別秘密にしてしまえば、それを知ろうとした民間人も処罰の対象になります。絶対、廃案にしなければならない重要な法律案です!!)

 つづく

「倉敷9条の会」のホームページも覗いて下さい

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2013年11月 4日 (月)

倉敷9条の会第9回総会&講演会から・・・日本国憲法を制定した「日本国民」とは?・・・・・あなたは「国家」の一員ですか?・・・・・

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http://www.meteocentrale.ch/ja/weather/weather-extra/weather-in-japan.html

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 10月26日(土)13:30~16:00、倉敷労働会館2Fで倉敷9条の会の第9回総会と講演会が開催されました。講演会は14時からで、岡山大学名誉教授で政治学者の小畑隆資(たかよし)氏による輝け9条「今、憲法が危ない」-自民党の改憲草案を斬る』と題する講演が行なわれました。

 前回に続いて、先生の講演内容から、レジュメを紹介します。

○ あなたは「国家」の一員ですか?

 日本では、「政府」と「政府の外側」との境界は不明確である。それを言葉から示唆するのが、日常言語における「国家」「国民」などの用語の混乱である。

 たとえば西洋流に「国家」をステート(state)の訳語であると考えると、その「国家」には一般の民間人は含まれない。「国家」は支配機構である「政府」を意味するからである。西洋の政治学では、「国家」(state)と「社会」(society)の二分法をもとに議論を展開する事が多い。国家に社会は含まれないのである。しかし多くの日本人は、自分を国家の一員だと思っているのではないだろうか。

 逆に和英辞典では「国民」をネーション(nation)と訳すのが普通である。だが、ネーションは、「国」を成り立たせている人々の集合体であり、「それぞれの国」に一つだけ存在するものだという事に注意する必要がある。そこで、よく使われる「国民一人一人」というときの「国民」がネーションを指すのは具合が悪い。その場合の「国民」は、ピープル(people)であって、これを「人民」と訳すのを嫌って、国民と呼ぶ場合が多いように思われる。

 つまり、実は、多くの人が自分もメンバーだと思っている「国家」はネーションを意味すると考えたほうがよいのである。その意味で日本では、ステートとネーションの区別がはっきりしない面がある。

 そうした言葉遣いの検討から、日本では「国家」と「社会」というような二分法が必ずしも一般に理解されていないと考えられる。(72-73頁)[飯尾潤著『日本の統治構造ー官僚内閣制から議員内閣制へ』(中公新書、2007年)]

 

(筆者注:したがって、日本国憲法を制定した日本国民とは憲法の英文表記であるように、(We,the Japanese people)ピープルであってネーションではないのです。国家権力に属する人ではないのです。「我々、日本人民」なのです。こういった訳語のごまかしの名人が官僚とマスコミ諸氏です。ピープルを人民と訳した有名な演説は、元U.S.A大統領リンカーンの(government of the people, by the people, for the people)「人民の人民による人民の為の政府」という名言ですが、それ以外でpeopleを人民と訳すのを国家権力者の皆さんは嫌がっているのです。アメリカ合衆国という表記も、おかしいです。(United States of America)ならアメリカ連邦共和国というのがいいのではないでしょうか。国際連合(United Nations)も、第二次世界大戦を語るときは「枢軸国」に対する「連合国」と訳されています。これらは日本の庶民・人民に事の本質を悟らせない為の策謀です。言葉を支配しているのです。国家に帰属していない良識ある知識人(学校の英語の先生etc)の皆さんは、もっと発言すべきです。)

○ 日本国憲法を制定した「日本国民(We,the Japanese people)」とは?

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

(筆者注:ここに示されている国民とはピープルであって決してネーションではないのです。)

 つづく

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